文学じゃないかもしれない症候群 (朝日文...

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文学じゃないかもしれない症候群 (朝日文芸文庫)


朝日新聞社

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発売日: (1995-09) アマゾン売上ランキング: 470473 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 2件

すべての人間に読んでもらいたい本
 というのは、最後の「『正義』について」を、すべての人に読んでもらいたい。高橋源一郎がここで書いていることは、コミュニケーションについてである。それは会話という意味ではなく、人同士がどうすれば本当にわかりあえるか、ということに関した「コミュニケーション」である。それには、「考えること」が必要だ、と言っている。
 考えるということは、実は難しいし、たいへんにめんどうくさい。たとえば、戦争についての映画があるとする。監督は、戦争の悲惨さを伝えようと、人が悲惨に死んでいく場面をたくさんいれる。見る人は、それを見てかわいそうだ、と思う、そして戦争は悲惨だ、やっちゃいけない、と思い、「戦争について考えさせられるいい映画だ」とコメントする。でも、ここで果たして誰かひとりでも何か考えただろうか? 監督:戦争の悲惨さを訴えよう→悲惨なシーンを撮ろう。 見た人:ああ、人が死んだ→かわいそう→戦争はよくない。
 ほら、誰も何も考えてない。誰かに刷りこまれた脊髄反射的な反応があるだけで、そこには思考がいっさい抜け落ちている。高橋源一郎はそれはいけない、という。考える方法、というのは、誰も教えてくれない、という。 
 考えることで重要なのは、結論を先に持たないこと。先の例なら、戦争はよくない、という結論を捨てること。
 パスカルさんだってデカルトだって言ってる。たぶん、私たちは考え続けなくてはいけない。考え続ける限り、何が正義で何が悪かだなんて、ひとつも決定することはできない。
ブンガク?
これを文学評論と呼んで、果たしていいものだろうか。古典から近代文学まではもちろん、はたまたマンガやファッションにいたるまで、横断的に評しているところに、著者の好奇心の幅広さがうかがえる。また、読み進むうちに、意外なものが非常に文学的であったりして、実に驚かされる。いわゆる「目からウロコ」本だ。文学そのものの存在を疑ってみたくなる一冊。タイトルの「文学じゃないかもしれない…」とはよく言ったものだと思う。