邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)

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邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)


朝日新聞

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発売日: (1993-06) アマゾン売上ランキング: 137618 位
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 4.5 / 総数: 5件

「凄い」という言葉がこれ以上にあてはまる小説を他に知らない。
一時には全国で百万の信徒を抱えた新興宗教団体「ひのもと救霊会」が、戦前戦後を通じて邪宗門(邪教)扱いされ壊滅するまでを描いた壮大なスケールの叙事詩。

この「ひのもと救霊会」は実在の大本教をモチーフにはしているようだが、あとがきによれば教義・戒律等は作者自身が考えているらしい。それを知った時には正直驚いた。
なぜなら、本文で描かれる教団の組織構成や教義は非常に細かい所まで作られており、いくら実在の宗教団体等を参考にしているとはいっても、作者一人で考えているとは全く思いもしない程、リアリティのあるものだったからだ。
決して言い過ぎではなく、作者が恐ろしい程にこの本は良く出来ている。

本書は上下巻合わせて1100ページ以上、文字はビッシリで、決して読みやすい本ではない。
が、最後まで読みきった後のあの感情は、少なくとも他の小説では味わったことが無い。
本当に、良いものを読んだ。読めて、嬉しい。
魂に響く名作です
この作品で描かれる、ひのもと救霊会は大本教との類似が指摘されるが、その大本教に関する知識のない私にとっては、どことなくキリスト教の初期に既に異端視され、徹底的に弾圧され焼き尽くされたカタリ派に似通うものがあるような気がする。「愛の宗教」とも呼ばれ、神への愛にも通ずるとして男女の愛に特別な価値を置いたというカタリ派と、既成の社会道徳にとらわれない男女の愛しあう形を認めたひのもと救霊会。また、カタリ派とひのもと救霊会の死の観念にも似たところがあるように思う。神の国の実現と人間の真の自由と解放を願う精神が権力者に憎まれ、弾圧を呼んだという点も同じであろうか。
作品の中で、日本の美しい農村風景と、一方で餓死者まで出すようなその社会構造が酷薄なまでに描かれ、救霊会はあくまで農村風土と密接に結びついているが、その宗教的理念は普遍的なものといえるのではないか。
迫害を受け、戦争で荒廃した社会状況の中、救霊会の選んだ道を愚かだと断ずるのは簡単だ。しかし、終戦を境に価値観の大転換を体験した作者は、1つの教義に殉じたこの教団をめぐる個性的な人物達を魅力的に描くことで、人間本来の生き方とは何かを問いかけているようだ。

破綻した構想、されど名作
 本小説が、戦前政府より苛烈な弾圧を受けた、大本教を題材としていることはよく知られている。
 「インテリゲンチャの苦渋」をその生涯のテーマとし、観念と人間の関わりについて問い続けた高橋和巳にとっては、宗教とは何か、というテーマは避けて通れない問題であった。
 本来生き延びてはいけない生を生き延びてしまった主人公のビルドゥングス・ロマンが上巻の内容である。ここで、座禅を通じて主人公が得る悟りの内容はすさまじいものがある。
 そして、下巻では、本来宗教人として最もふさわしくない主人公が教主として権力を手にする場面が描かれる。神通力を持たない、いや持ってはならない主人公の手に触れて信者の病いが忽ち癒えるのはなぜか? この場面で筆者は宗教の本質の一面を鋭く抉り出している。

 しかし、魅力的な場面、作者の鋭い問題提起が現れている部分は随所にあれど、小説として成り立っているかどうかはまた別の問題である。残念ながら、教団が自己崩壊に向かう設定はいくら何でも無理がある。オウム真理教ではないのだから・・・。
 ただ、本小説の与える感動は、そういった小説としての完成度とはまた別の問題であることもきちんと指摘しておきたい。
 一読に値する名作であることはもちろんである。

宗教を題材としているが、登場人物の魅力などで読みやすいです。
 大本教を題材としたと言われている、宗教や人間の生きざまを書いている大作です。
 国から弾圧された事など、実際にあった歴史の重い部分を背負いながら、人間が生きていく事の意味を問いかけています。
 しかし、主人公の少年などの存在は、それらをどこかで救ってくれていると感じます。
神とは何か、そして人間とは何か
 昭å'ŒåˆæœŸã€ä¸€äººã®å°'å¹'が、京都の山é-"にある何の飾りもないé§...に降り立ったとã"ろから壮大な物語が始まる。å°'å¹'は千è'‰æ½"といい、なぜか遺骨壺ã‚'抱えていた。孤å...åŒç„¶ã®æ½"は地å...ƒã®å®-教団ä½"「ひのもとæ•'霊会」の信è€...に拾われ、一å'½ã‚'とりとめた。彼がいわば主人å...¬ã§ã€æ§˜ã€...な経é¨"ã‚'経てやがてæ•'霊会の教主になり、æ•'霊会のå'½é‹ã‚'変えるã"とになる。

 æ•'霊会は天皇制国家権力の弾圧に苦ã-められていた。その教えであるå...«èª"願のひとつに「たとえã"のä¸-のç 'æ»...ã-、ã"のä¸-の永遠にå'ªã‚ã‚Œã¦ã‚るとも、己一人にてæ•'わるる心あらã‚"よりは、むã-ろä¸-とともにå'ªã‚ã‚Œã¦ã‚らã‚"」というのがある。è'-è€...はã"の書に自身が理想とする革å'½æ€æƒ³ã‚„å®-教観ã‚'あらわã-たと言われ、渾身の力ã‚'込めて描いているã"とが感じられる。

ã!€€ãã‚Œã«ã-てもæ½"は不思議なç"·ã ã€‚いつも人望ã‚'集め、æ-§åˆ¶é«˜æ ¡æ™‚代にはボート部の主将ã‚'務め仲é-"にも恵まれてé'春ã‚'謳歌ã-たかのように見えれば、教主にまでなりながら神ã‚'信じられない姿や深い心のé-‡ã‚'かいま見せる。また、彼と深くé-¢ã‚ã‚Šåˆã†ã"とになる女性たち、行徳阿礼、行徳阿è²'、堀江æ°'江、有坂å'美子にもそれぞれに悲惨なあるいは壮絶な運å'½ãŒå¾...っているã"とになる。
 「ã"ã"まで書かなくていいだろう」と嫌悪感さえ感じるほど、残é...·ãªå‡ºæ¥äº‹ã‚„人の心の醜さやが描かれてれば、美ã-いまでの深い信仰心や理想への献身も見られる。物語でç"Ÿèµ·ã™ã‚‹å¤šãã®äº‹æŸ„から、神とは何か、宿å'½ã¨ã¯ä½•か、様ã€...な人の心、そã-て人é-"とは何かについて考えさせられた。