萩原朔太郎詩集 (岩波文庫)

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萩原朔太郎詩集 (岩波文庫)


岩波書店

価格(new/used): 840 円 / 30 円 より
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 5.0 / 総数: 7件

病的なゆえに優しい世界
「なまものの匂い」が立ちこめる病んだ世界が描かれているが、読んでいるこちらの感受性を柔らかくさせてしまう魅力が、この人の詩にはある。
だから、私は、じぶんの心が見えなくなった時に、つい、この詩集の頁を繰り返し開いてしまう。

この人は、詩の中で「腐りかけの美」を切ないほどに表現する。
たとえば、
春の性欲のなまめかしさを、「腐った貝」が「ちら、ちら、ちら、ちら」と漏らす「吐息」で表現してしまうというヘンタイさ加減や、
くちびるに紅をひいて、少女に変装し、「白樺の木」に抱きついて接吻し、ウットリしてみるこころの倒錯、また、
「のをあある とをあある やわあ」(猫)
「とをてくう とをるもう とをるもう」(鶏)
「てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ」(蝶)
「ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ」(蠅)
など、擬音(擬態)化された生物たち。

こころが病みがちな人は、一冊、この詩集を手元に置いておくと良いと思う。希望の言葉で慰めるのではなく、一緒に病んだ世界へとドップリついてきてくれる(引きずり込んでくれる)のは、近代の詩人では朔太郎くらいです。
きっと眠れぬ夜の良き友達になってくれることでしょう。
(新潮文庫も出てるが、適度にぶ厚い岩波文庫版がオススメ!)
なんだろう
萩原朔太郎の詩を読んだときのこのなんともいえない気持ちはなんだろう。
息苦しくて窒息しそうになるんだけど、心地がいい、そして美しい。
暗闇で光ることば。
萩原朔太郎ベストアルバム
この三好達治編纂による詩集は
『月に吠える』 『青猫』 『蝶を夢む』 
などの萩原朔太郎の出した全詩集からのダイジェスト版で、
音楽でいう「ベストアルバム」的な詩集です。

朔太郎は北原白秋(2歳上)、室尾犀星(2歳下)と同世代の大正時代に活躍した詩人です。

『月に吠える』の序で
「詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。」
と書いてあるとおり
萩原朔太郎の詩の世界には独特な「孤独の感覚」があります。

『世界の中心で愛を叫ぶ』の主人公はこの詩人に因んで命名された設定でしたが、
最愛の人を失った喪失感をこの詩人の名前で暗示したかったのかも知れないですね。

詞のバリエーションが豊富な詩集なので
きっと自分にとって最もしっくりくる詩が見つかると思います。

私が特に好きな詩は
『絶望の逃走』と『遺伝』です。
すごい詩ですよ。

腐臭
 日本の詩人の中でも もっとも好きな詩人を問われたら 朔太郎を挙げる。

 とにかく日本語の持つ官能を 縦横無尽に使い尽くしていると思うのだ。同じ言葉でも漢字で書くか ひらがなで書くかでは 読んでいる「触感」が全く異なるわけだが それが一番痛切に感じさせるものに朔太郎のいくつかの詩がある。

 彼の詩には 例えば中原中也のような格好良さは無いし 宮沢賢治のような感動的な物語もない。あるのは 食べ物が腐っているような腐臭であったり 神経が震えているような不安であったりする。それゆえ 彼の詩は 一般的に言って どこまで人気があるのかは僕にも分からない。但し 腐りかけのものがおいしいのは 納豆やチーズだけではないのだ。

 朔太郎の詩を読んでいると そんな風にいつも感じる。

 
誤解なきよう
本書は、三好達治“選”の朔太郎の詩集である。つまり佳品集だ。
したがって、著名な「月に吠える」や「青猫」集中の詩がすべて収録されているわけではない。
たとえば「蛙の死」などの詩に関心のある向きは、本書を手に取っても、見出すことはできないので、注意を喚起しておきたい。

さて、朔太郎の詩は、知らず知らずのうちに罪を犯していたことに思い至り憂愁に陥る、というテーマを執拗に反復する。
あるいは(それゆえ)、罪障回避の「おびえ」の色が、たびたび表れる。
それらは、一種のオイディプス譚であろう。
だから、私は、そういう湿ったものにそれほど感銘を受けたりはしないのだが、リアルなものと対決しているかのような朔太郎一流の擬音語世界には、ショックを感じずにいない。

たとえば、早朝の鶏鳴を「とをてくう、とをるもう、とをるもう。」と形容する聴感覚。
寒さに弱った蝿の羽音、「ぶむ、ぶむ、ぶむ、ぶむ、ぶむ、ぶむ。」のいやに長い持続。
軽やかなはずの雲雀の歌さえ「ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ」と限界まで引き伸ばされて異物化し、読者の思考を破壊しにかかる。
まさにこの点にこそ、まだ彼の可能性は残っているのではないか、とペ-ジ繰るたび私は思いめぐらすのであった。