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始まっている未来 新しい経済学は可能か
岩波書店
価格(new/used):
1,470 円 /
1,100 円 より
発売日:
(2009-10-15)
アマゾン売上ランキング:
71592 位 単行本 / 在庫あり。 [ユーザーによる評価] 平均評価: 4.0
/ 総数: 8件
宇沢経済学の最良の入門書 本書は、「社会的共通資本」を説く経済学者宇沢弘文氏(1928年生れ)と「共生の経済」を説く経済評論家内橋克人氏(1932年生れ)が、雑誌「世界」に「新しい経済学は可能か」と題して掲載された4回の対談を本論とし、補論として梶井功氏も加えて3人による農業食糧問題に関する鼎談と、宇沢氏本人による宇沢経済学の簡潔な解説から成っている。
本論の対談は、リーマンショックから半年後、自民党政権崩壊直前の時期に行われたもので、この国の将来を憂える2人の老碩学は、ミルトン・フリードマンを祖述者とする市場原理主義者達の跋扈による社会の荒廃や、パックス・アメリカーナと日本経済の植民地化について、歴史的事実や多くのエピソードを交えて痛烈に非難する。そして、血に染まった経済学から決別し、人間らしく生きるための経済学(社会的共通資本や共生を基軸に据える経済学)に期待を寄せる。
対談は内橋氏が宇沢氏に宇沢経済学の出自やその真髄を伺っている風にも読める。社会的共通資本(自然環境、社会基盤、教育・医療等の制度資本)の安定的維持を目指す新しい経済学は、効率一辺倒の市場原理主義や上からの官僚主導とは対極に位置する。理学部を卒業後経済学に転じ理論経済学を専攻し業績を挙げた宇沢氏は、その後モータリゼイションの外部不経済や環境問題、教育・医療問題等、従来の経済学では充分扱いきれなかった分野を開拓し、さらには、成田問題の調停役、地球温暖化に関する国際会議の開催、ヨハネ・パウロ2世との交流等、幅広い活動を行ってきた。宇沢氏の学風はJ・S・ミル、ケインズ、J・ロビンソン等の英国の政治経済学に連なり、スケールの大きいものである。
本書は宇沢経済学の最良の入門書といえる。また、本書購読中、かって大内兵衛氏の著書で出会った「経済とは『経国斉民』の略である」との言葉が思い出された。
社会か?個人か?市場原理主義の経済学(実態)はすべては個人の責任で自由に活動できるものとし、結果はすべて個人へ帰することとなる。これは自己防衛(言い逃れとも言えるが)ができる、またはし易い環境にある人達にとっては非常に有利に働く。結果が良ければ自分の功績と言い、悪ければ自分以外の誰かに責任を押しつけさえすれば済むからだ。
これとは反対に、著者である二人が説く「新しい経済学」とはコモンズ(入会《いりあい》)の考え方だ。活動自体もコミュニティー内の最低限のコンセンサスが必要であり、もちろんその結果(利益)は共有となる。もちろん組織上の役割分担があろうはずだからそれに応じた分配、再分配が必要だ。
本書で批判されている人物はもちろん前者に属する。
一度壊してしまった社会での関係性というものは修復になかなか時間がかかるものだ。まして国全体の経済であれば時間のかかり方は途方もないものであることが容易に想像できるだろう。これらの想像力が及ばない人間は前者に近い自分の利益しか考えない下衆であると言わざるを得ない。小泉政権時にご活躍の御仁はもちろんそうであることに異論はないだろう。
改革が不完全で今の経済状況になっている、と強弁する竹中に読ませたい。 本書の主となる月1回、計4回の対談は、市場主義を信奉する経済学者たるシカゴ学派のリーダーとして、ノーベル賞受賞者を含め多くの経済学者を育てたフリードマンと、竹中など疑似フリードマン的な者についての類似性や解説、人間の知性と良心を象徴する宇沢経済への道筋について語られている。
フリードマンは、あらゆる市場への規制は排除されるべきであり、米一極体制による平和(パックス=アメリカーナ)を守る為に、水爆を使うべきだと、狂信的に主張し続けた。
そのような米の傘の下、植民地として、年次改革要望書を従順に遂行し、規制緩和や630兆もの経済生産性を高めない公共投資を、地方債を発行する事によって行い、地方を借金漬けにしてきた日本。
そのようにこの国は奴隷頭たる国内の新自由主義者によって、21世紀を迎えてから、多国籍企業ありきの経済へと加速度的に邁進し、そのツケが、今まさに多くの地方にのしかかっている。
補足としての農についての対談、環境・医療・教育・都市計画などについての短いコラムも併せて、今の社会で失ったもの、失いつつあるもの、かけがえのない大切さ、正しさを再認識し、人間らしい経済、オバマの言う「あるべき未来」へ向けての思索を深めてくれる良書である。
さまざまな課題が複合的に重なり合って先の見えない現代に一つの光を与えてくれる思想である。 本書は社会派経済学者として知られる宇沢弘文教授と内橋克人氏の未曾有の経済危機を踏まえて新たな経済学の可能性を探った対談集である。
リーマンショックをきっかけとして不況下にある世界経済により、最も大きな影響を受けた日本。
それをたどると、戦後の日本は、実質的なアメリカによる植民地化政策によって収奪をつづけられてきたことから始まっているという。
特に内需拡大という美名のもとに630兆円という巨額の生産性を上げない公共投資をアメリカから約束させられ、借金漬けになって身動きが取れなくなっているこの国の今に至る姿の源流を解き明かしている。
さらに、アダムスミスにはじまる経済学の思想史をたどりながら、フリ−ドマンによって行き過ぎた市場原理主義にいたり破綻してしまった経済学の限界を示し、21世紀型の新たな経済学への考察を加えている。
本書の補追に、「社会的共通資本と21世紀的課題」として環境、医療、教育、都市、農村などに多くの示唆に富んだ21世紀へのヒントが込められている。
さまざまな課題が複合的に重なり合って先の見えない現代に一つの光を与えてくれる思想である。
タイトルにつられたのですが、、、新しい経済学は可能かというタイトルに引かれて読んだのですが、
ポリティクスの話に終始しているように感じました。
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